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  • 執筆者の写真川口建

「堺事件に学ぶ」  ★堺事件ー平和を築くための国際理解講座・・・堺事件を語り継ぐ会・

更新日:2022年3月19日

2月23日、『堺事件を語り継ぐ会』主催の慰霊法要と講演会が堺の妙國寺であり参列した。

堺事件とは、明治になって直ぐの1868年年2月15日、堺港に上陸してきたフランス軍艦の将兵に対し、堺を警固する土佐藩士がこれを阻止しようとしてフランス将兵11名を殺傷した事件です。そのフランス将兵11名と日本側で責任をとり切腹をした土佐藩士11名の方々の慰霊法要で、永藤堺市長、高知県大阪事務所の方々臨席で、厳かに執り行われました。

当日は在日フランス大使館代表や高知県堺事件を語り継ぐ会の方、ご子孫の方々が参列予定でしたが新型コロナの関係で残念ながら欠席となりました。




法要の後は「フランス側から見た堺事件」(クリスチャン・ポラック氏のZoom講演)


と「ドキュメンタリー堺事件」華美芝居が行われた。

本来であれば、堺事件のほぼ一月前(1月11日)に起った「神戸事件」でその責を一身に受け切腹された滝善三郎氏のご子孫の滝正敏氏のお話もあったのですが、やはりコロナとご高齢の為、今回はご出席を見合わされ非常に残念でした。


この堺事件は、1914年に発表された森鴎外の堺事件や、五代友厚の伝記資料の中では一部フィクションが色濃く描かれているが、大岡昇平『堺港攘夷始末』、最近では八木孝昌『新・五代友厚伝』が当時のフランス側の認識と日本政府の調査・見解の一致した真実に近い著書として発行されている。ご興味のある方は読んでいただきたい。


事件の解決策としてフランス側の要求は、銃撃戦に関わった全員の斬刑や謝罪、賠償金15万$(現在の数億円)の支払いなど5か条の要求を突きつけられました。この交渉には小松帯刀、五代友厚らがあたり、20名にとどまり斬刑でなく切腹で決定した。当日は11名が切腹した所でフランス側から切腹中止の申し入れがあり刑の執行は終了となった。しかし、残った9名も藩に戻り流罪となっています。



妙國寺は勅願寺のため、十一烈士烈士のお墓は道路をはさみ宝珠院に納められている。



切腹した土佐藩士八番隊長西村左平次(24歳)の辞世の句     「風に散る露となる身は厭はねと こころにかかる国のゆくすえ」  ただただ日本を思う心が痛い程溢れ、この方々のお陰で今の幸せがあると本当に感謝しかありません。


また、妙國寺には1100年を越えるソテツが時代の様々な出来事を共に見据え、現在も元気に育っている。そのソテツの精を龍に寄せ華美芝居(紙芝居)を語り継ぐ会の方々が、絵も声も演出し素晴らしい物語になり、涙が溢れました。



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