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  • 執筆者の写真川口建

大阪府庁江之子島庁舎跡碑 (五代友厚ゆかりの地探索①より)-10

更新日:2022年1月9日

「豆知識」

西町奉行所に開設された当時の五代友厚は、大阪府判事となり従5位を叙せられた時であり、大阪のトップとして新政府の諸問題に対応していた時期である。1869年には実業界に転するが、終生経済界の先覚者として大阪経済を牽引していたことからして、大阪府とは密接に関わっていた。


府庁舎の変遷は、初代の府庁舎は、1868年(慶応4年・明治元年)に旧大阪西町奉行所に設置され、当時の職員は299名(翌明治2年)、敷地面積9,583㎡でした。現在のマイドームおおさかの場所です。


二代目の府庁舎は、1874年(明治7年)に江之子島に、造成寮(現財務省造幣局)のイギリス人技師が設計した、煉瓦造2階建・白亜の西洋館で、府民から「江之子島政府」として親しまれました。敷地面積 7,653㎡(約2,300坪)、 総工費50,368円。







この府庁舎は三代目の府庁舎へ移転後、工業奨励館として利用されましたが、昭和20年に戦災により焼失しました。


三代目の府庁舎は、現大阪市中央区大手前(旧東区大手前之町)に1926年(大正15年)完成、明治後期から大正にかけての大阪の発展に伴い、事務量・職員数が増加し、2代目庁舎が手狭になったため、陸軍省用地の払下げを受け、現在の場所に移転しました。

設計は懸賞募集され、平林金吾・岡本馨氏が当選し、原案を変更することなく建設されました。鉄筋コンクリート造一部鉄骨造、地上6階 地下1階、敷地面積 14,300㎡、総工 費3,862,040円、竣工時の職員数 約1,200人でした。

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