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  • 執筆者の写真川口建

岩崎家舊邸(きゅうてい)跡 (五代友厚ゆかりの地探索①より)-2

更新日:2022年1月9日

「豆知識」


この舊邸跡は元は土佐藩邸であったが、明治に入り岩崎家が譲り受けた。五代友厚が大阪で活躍していた頃は岩崎弥太郎もこの地に住んでいた。


岩崎弥太郎と五代友厚は、ほぼ同年代に生きた。岩崎(1835/1/9ー1885/2/7)は五代(1836/2/4ー1885/9/25)より1歳年上で五代の死の半年前に亡くなっている。


岩崎の葬儀の状況が当時の新聞に掲載されているが、たいそう盛大な葬儀の模様であった。五代の葬儀も大阪においては国葬級といわれた程であるが、スケールが違う規模である。

新聞の見出しには「料理や菓子6万人分を用意、さすが三菱大御所の葬式。会葬者のために6千坪に二重の筵(むしろ)をしく」とある。

その様子は新聞記事中にも詳細に書かれている。



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