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  • 執筆者の写真川口建

明治の新聞記事から五代友厚を読む #015

東京馬車鉄道

五代友厚は運輸事業にも大きな関心を寄せていた。1880年(明治13年)薩摩藩出身の実業家種田誠一と谷元道之が発起、五代が発起人総代となり資本金30万円(3000株)を募集、3日間で締め切るほど申し込みが殺到したという。

宇都宮の川村伝衛305株、五代と岩崎久弥が各々200株、種田誠一135株、谷元道之100株・・・。

川村は第33国立銀行の頭取で、経営陣は当行が主体になって運営された。

1882年に竣工し開業、同年4月の試運転中の新橋の乗車、下車人員は各々8万人前後であった。同年12月には盛大な開業式が行われ、当時は馬匹250頭、イギリス製馬車40台で運行していた。

まさに繁華街を中心に運行する都市交通発展のスタートともいえる。

新聞によると10年間余りは活況を呈し、出資者への高配当があったようです。しかしながら、1893年には馬車と電車との採算比較が行われ電車のほうが有利であるとの結論になったようである。

従い、この後には東京電車鉄道株式会社へと変遷してゆくこととなる。






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